温度応答性 架橋化カゼインナノ粒子
  近年,ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの飛躍的な発展に伴い,ナノスケールで生じる材料の特性を,バイオテクノロジーや医療に応用するバイオナノテクノロジーへの期待が高まっています.この分野では,高分子やペプチドの組成や配列を設計することで生じる,そのマテリアル特有の自己組織化能を利用し,ボトムアップ型でナノスケールの構造体を創製する研究が盛んに試みられています.
  粒子径が一般に100 nm以下のサイズであるナノ粒子材料は,その粒径が薬物運搬体のサイズに適しているのに加え,相互作用に利用できる表面積が大きいという特性を有するため,機能性物質の内包や分析感度の向上など,その実用性への展望からバイオ分離や各種アッセイ,診断やドラッグデリバリーシステム(DDS)などの幅広い領域での活用に注目が集まっています(Figure 1).



Figure 1. Fundamental properties and the applicable fields of the self-organized nanoparticle.


  中でも,温度やpHなどの外部刺激に応答して機能や物理的性質が不連続かつ可逆的に変化する刺激応答性高分子は,感知・判断・運動と言った高度機能を兼ね備えたインテリジェント材料として数多く研究されています.古くからよく知られる熱応答性高分子には,Poly(N-isopropyl acrylamide)(PNIPAAm)等が挙げられますが,最近では生体材料であるタンパク質を素材としたElastin-like Protein(ELP)という温度応答性高分子も発見され、これらの外部因子応答性を利用した研究が盛んに進められています.

  本研究では,牛乳中に多量に存在し,その特有のアミノ酸配列から両親媒性を有するβ-カゼインというタンパク質が、水溶液中でミセル構造を形成するという点に着目しました.このミセル構造を,水溶性カルボジイミド(WSC)を用いた化学的修飾によって共有結合的に架橋化することで(Figure 2),安定なナノ粒子の調製を試み,実際に約20 nmの粒径を有するミセル構造の安定化を確認できました(Figure 3).



Figure 2.  Schematic diagram of chemical cross-linking of b-casein micelles and the
chemical structure of the cross-linker; Water soluble carbodiimide(WSC).




Figure 3. AFM analysis of the cross-linked b-casein micelles.


  さらに驚くべきことに,更なる詳細な検討の結果,偶然にも得られたタンパク質ナノ粒子が温度上昇に伴う可逆的な可溶性/不溶性変化を示すことを発見しました(Figure 4).この温度応答性挙動は,架橋化反応の進行に伴って増大する疎水性相互作用がドライビングフォースであることが示唆されています.



Figure 4. Thermal responsiveness of b-casein micelles (left) and
that cross-linked with 250 mM WSC (right).


本手法で得られる架橋化β-カゼインナノ粒子は,既存の温度応答性ナノ材料に比べ簡便かつ安価にナノ構造体を調製できる可能性を有しています.さらに,天然のタンパク質を構成素子とするため,粒子表面には機能化や改質のための官能基を多数保持しており,機能性物質の導入が容易に達成できるものと予想されることから,今後は温度応答性を利用した特定ターゲット分子の選択的回収など,生物分離技術への応用展開が期待できると考えられます.

特許
【出願番号】特願2007-024913
【発明の名称】刺激応答性タンパク質ナノ粒子
【出願人】九州大学
【発明者】神谷典穂塩足吉彬徳永正道後藤雅宏
【出願日】平成1922