悪性新生物 (がん) について

 悪性新生物 (がん) は、1980年代以降、日本人の死因のトップを占めており、平成25年には死因の約3割となっています。抗がん剤治療は、外科手術、放射線治療とともに使用されることが多く効果的な治療法でありますが、がん細胞だけでなく正常細胞にも作用することで重篤な副作用を引き起こします。そこで、Drug Delivery System (DDS) が注目されています。DDSとは、薬物の体内動態を精密に制御することによって、薬物 (Drug) を作用部位に必要な濃度で、必要な時間パターンで選択的に送達し (Delivery)、その結果として高い生物効果を得ることを目的とした技術・方法論 (System) です。

 難水溶性薬物の水中への可溶化

 近年開発されている抗がん剤は、難水溶性のものが多数を占めており、このような抗がん剤を安定した状態で水に可溶化し、目的の部位に送達するためのキャリアが求められています。そのため、本研究では、難水溶性の薬物をナノサイズの粒子にして水中に分散させることのできる、薬物キャリアの開発を目指しています。

 S/W化技術

本研究では、エマルション形成と凍結乾燥を経る、難水溶性の薬物を親水性の界面活性剤で包む独自のナノ分散化技術であるSolid-in-Water (S/W) 化技術を用いて、新規薬物キャリアの開発を行っています。S/W化では、疎水性物質を油中に分散させ、界面活性剤水溶液と混ぜ合わせることでOil-in-Water (O/W) エマルションを作製し、凍結乾燥を行うことで水中への分散可能な複合体キャリアを得ることができます。S/W化においては、一度エマルションを凍結乾燥させ内油相を除去するため、再分散後の安定性が非常に高く、内部に存在する疎水性薬物を高効率に安定した状態で封入できるといった利点を有しています。

 がん細胞への薬物デリバリー

これまでに我々は、本手法を用いて、難水溶性の抗がん剤であるカンプトテシン (CPT) を水中へ可溶化することに成功しています。CPTを内包したキャリアは、CPTの高効率な内封率を達成し (>80%) 、内封したCPTの化学的安定性は向上し、がん細胞に対して効率的な殺傷能を有していることも判明しております。本手法を用いることで、他の難水溶性薬物の水中への可溶化に適応可能であることが期待されます。

R. Wakabayashi, R. Ishiyama, N. Kamiya, M. Goto, Med. Chem. Commun., 5, 1515-1519 (2014)