再生医療とは

 再生医療とは、組織や臓器に重大な損傷が認められた際に、細胞等を用いてその臓器の形や機能を回復させる医療です。再生医療は、臓器移植や人工臓器の利用におけるドナー不足や拒絶反応などの問題を克服できる方法として、注目されています。さらに、これまでは根本的な治療が困難であった疾患に対する治療の可能性を有していることからも、再生医療は大きな期待を集めています。

 足場としてのハイドロゲル

 細胞は、それだけでは三次元で強固な組織を形作ることはできないため、生体内では細胞外マトリックスと呼ばれる、コラーゲンなどからなる構造体を足場として、組織を形成しています。また、細胞外マトリックスは、細胞の成長のために必要な液性因子 (増殖因子など) を保持する役割も担っています。つまり、組織を再生させるためには、細胞、足場、増殖因子の3要素を組み合わせることが重要とされています。組織が損傷した場合には、細胞が細胞外マトリックスを産生するまで、人工足場材料により一時的に補う必要があります。三次元の網目構造内に水を含んだ物質であるハイドロゲルは、含水性、生体適合性などの特性を持っており、その構造及び特性が生体に類似していることから、このような人工足場材料として有用であると考えられています。

 酵素反応を用いたハイドロゲルの作製法の開発

細胞の足場材料として使うためには、細胞対して温和な条件でハイドロゲルを作製する必要があります。このようなハイドロゲルの作製法として、当研究室では、酵素反応を用いた作製法に注目しています。酵素には、フェノール誘導体間の酸化的カップリング反応を触媒する、西洋わさび由来ペルオキシダーゼ (HRP) を用いています。通常、HRPの活性化のためには、過酸化水素が必要となりますが、高濃度の過酸化水素は細胞やタンパク質などの生体物質に対して毒性を示します。そこで、フェノール誘導体とチオール誘導体間のラジカル転移反応を仲介することで、外部から過酸化水素を添加する必要のないハイドロゲル作製法の開発を行いました。本ゲル化法は、チオール基 (SH基) を修飾した高分子、HRP、フェノール誘導体のそれぞれの水溶液を混合するだけでハイドロゲルを作製できるというものです。また、高分子間の架橋点がジスルフィド結合から形成されるため、還元条件下において分解可能である点、チオール基を有する機能性分子を容易にゲル内に組み込むことが可能である点など、足場材料として多くの利点を有しています。

K. Moriyama, K. Minamihata, R. Wakabayashi, M. Goto, N. Kamiya, Chem. Commun., 2014, 50,5895-5898

 細胞シート作製用の足場としての応用

細胞シートは、損傷部に貼りつけることによって治療を行う再生医療の一つです。細胞シートを作製するためには、細胞と細胞の間の相互作用は保持したまま、細胞と足場間の相互作用を切断する必要があります。当研究室において開発されたハイドロゲルは、還元条件下で溶解するという特徴を持っているため、ゲル上において細胞を培養後、還元剤を添加しゲルのみを溶解させることで、細胞同士が接着した細胞シートを作製できることを報告しています。

K. Moriyama, R. Wakabayashi, M. Goto, N. Kamiya,RSC Adv., 2015, 5, 3070-3073